クトゥルーが鎮座する、ルルイエの海。
集結した覇道財閥と国連の連合軍は、量産型破壊ロボやダゴンら海の怪異と激しい戦いを繰り広げている。
白の天使と黒の天使は決着をつけるべく、最後の死闘を。
一人の■■■■と一体のロボッ娘は■ァイ■ーボ■バーを熱唱しながら囲まれて……お〜、タコられてるタコられてる。
そして魔を断つ剣は数多くの苦難を乗り越え、今地球皇帝との決戦に臨もうとしている。
だが、この血と肉と鋼と水銀が飛び散り、生が一瞬で死に変わる戦場にあって
ただ一人、生と死の狭間で、無に等しい静寂の中にいる者がいた。
ゆっくりと、海の底へ沈んでいく体。
閉じかけた視界に映る氷塊の浮かんだ海面はもう、遠い。
だがそんな中、四本の腕を持った異形のサムライ──ティトゥスの心は穏やかだった。
──なんたる間抜けよ──
負けた。完膚なきまでに負けた。
剣を極め、殺戮を極め、魔道に入ってまで極めた業の全てが。
満たされぬと、最初に捨てた人の道を極めた者の拳によって、撃ち砕かれた。
忠義の拳闘士──ウィンフィールドに。
当然だ。自分が勝てる理由など何処に在るというのか。
あの力は、『人として』の強さだった。
人のまま苦難に耐え、死地を乗り越え、己を鍛えに鍛え抜いて辿り着いた、人を超えた人の境地。
真っ先に人の道から逃げた自分が、どうしてその境地に辿り着けようか。
──だが、もはや全て詮無きこと──
もう疲れた。体と思考に抗い難い眠気と怠惰が絡み付く。
このまま沈んで、眠ってしまえばいい。やがて自分は海の藻屑と消える。
もはや後悔はない。最後の死合いに、己の全ては出し切った。
思い残すことなど──
何一つ──
──もう一度──
最初、ティトゥスは心に浮かんだ己の声を理解できなかった。
だがその声は徐々に大きくなり、やがて頭に靄の様にかかった怠惰をも払うほどの響きを持った。
──もう一度やり直したい──
──再び剣の道を修めたい──
──境地へと辿り着きたい──
──今度こそ、真の境地へ──
ティトゥスは、笑った。力なく、しかし心底おかしいといった顔で……ほんの少し、悲し気に。
なんということか。自分はここまで浅ましかったのか。
武士道に背き、外道へ堕ち、数多の無辜の民を斬殺し、唯々己の欲望を満たす為だけに剣を振るった自分が、二度を望むか。
なんと無恥。
なんと無様。
なんと滑稽。
なんと強欲。
だがそれでも、それでも──
──しかし、所詮叶わぬ幻想よな──
やはり駄目だ。再び怠惰が首をもたげる。
体はずっと沈み続けている。
端から生き延びる術など皆無。
自分は、ここで死ぬ。
それが抗えぬ──我が運命故に。
それでも、願わくば──
ティトゥスは沈んでいく──海の底に。意識の底に。
絶対に叶わぬ願いを、誰にともなく祈りながら。
だがその祈りは神に届く──否、神『が』聞いて『しまった』。
よりにもよって、最もタチの悪い神が。
「おやおやおやおや。九郎君とネロの戦いの前だってのに妙な思念を感じたかと思えば……こいつは面白い」
それは無貌。女の姿をした無貌。海の中だというのに、その体に濡れた様子は全くない。
「う〜ん、でも面白いには面白いけど……どうしたものかなぁ」
女は悩み顔で思案する。もうこの世界に彼に相応しい役はない。
むしろ『今回』で全ての劇に幕を下ろすことになるかもしれないが……まあそこはまた別の話だ。
女はティトゥスの顔を見ながら考える。別の、もしくは新しい世界で何かの役に使うという手もあるにはある。
が、英雄は論外、獣には力不足、悪のドラゴンにも魔法使いにも不十分……どんな役でも半端になりそうだ。
何もかも半端──そこで女は閃いた。
「そうだ!!あの失敗した世界に放り込もう!!僕等の創った世界の中でも最も最悪なヤツの一つ!!
半端な英雄、半端な敵役、半端な姫君に半端な偽善、半端な正義と半端な悪!!!
全てが半端で何もかも破綻した、僕等も途中で投げ出した世界!!!でもだからこそ一際混沌とした、あの世界に!!!」
女は笑う。楽しそうに笑う。その顔に張り付くは嘲笑と、燃え滾る三つの目。
「君を放り込むことで、あの世界で作った英雄や獣の候補達にも多少変化が出てくるかもね……
ああそうだ!なんなら役が終わった他の連中も放り込めばなおイイかもねぇ。
もし『次』があるようなら、久しぶりにあの世界も覗く事にしよう。いやぁまた楽しみが増えたよ」
無貌はティトゥスに手を差し伸べる。その手がいきなり弾け飛び、不定形な黒い肉塊となってティトゥスの体を包み込む。
「けど流石に、このまま放り込んだらゲームバランスが悪いか……
丁度いいや、君は『人』を望むようだから、ちゃんと望みどおりに直してあげる。でも《選択権》は残しておくよ。
人の道か外道の道を選択するか、もしくはどちらともない世界に合った半端な道か、それとも……
君がどの道を選ぶのかも楽しみだねぇ。放り込む時間と場所は……あの辺りでいいかな、うん」
ティトゥスの体を完全に肉が覆う。無貌は笑う。けたたましく笑う。笑い続ける。
三つの目に炎を宿し、体中から手や足や爪や翼や尻尾や触手やありとあらゆるモノを噴出し、ナイアルラトホテップは嘲り笑う。、
「アハハハハハハハハハハハ!!!!それじゃあ一名様、コズミック・イラへとごあんな〜い!!!
アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
一際大きな嘲笑が響いた後、海の底には無貌も、ティトゥスも居なかった。