数日後、九郎とアルはタリアに呼び出されてミネルバの艦長室にいた。
「ジブラルタル……ってどこでしたっけ?」
「うつけ、地中海の出口であろう」
「ああそうそれ、海峡の名前にもなってる。そこに行くんですか?」
「はい。我々はそこに向かった後、スエズ攻略を行っている友軍の支援を行いますが、お二人とデモンベインにも同行をお願いするというのが上層部からの指示です」
タリアの説明に、二人は迷ったような表情で顔を見合わせた。
「志願はまだとはいえ、厄介になってるからには命令には従わないといけませんか」
「いえ、これはあくまでも”お願いです”。お二人はまだ正式な軍の一員ではありませんので、我々に命令する権限はありません」
「軍隊の組織ってのはよく判らないけど、そうなんですか?」
「そんな事も判らんのか、うつけ」
「何度もうつけうつけ言うな」
「事実であろう。汝は己の置かれた状況に無関心過ぎる」
言い争いになりかけたが、タリアの視線で自制した。
「とはいえ我らのような不正規な人員を、軍がよくも使う気になるな」
アルが話をそらすように言う。
「その辺に関しては、我がザフトはプラント防衛を目的とした義勇軍から発展した経緯から、明確な階級がありませんので、プラントを護る意思があるお二人なら、身分が定まらない内でも協力を要請するのも自然かと思われます」
「汝はそう思っていないようだな」
アルの突っ込みにタリアは溜め息を吐いた後、表情を緩める。
「それは艦を預かる者としては、命令系統に入らない人員というのは扱いに困りますから。ですがどうも我が軍は、個人の裁量に任せる部分を多くするのが伝統のようで」
愚痴に近いセリフを言いながら、タリアは自分の階級章を示す。
「このフェイスというの、プラント最高評議会議長直属の特務部隊って事になってるけど、軍の通常指揮系統に当て嵌らないとか何とか。そんな人員を回されても、ましてや任命されてもどうすれば良いやら」
「何か……いろいろ大変なようですね」
「あ、いえ。少なくとも軍にあるのは、自分で望んだ道ですから」
九郎の同情した口調に、タリアは表情を正す。
「ですからお二人にも、望む道を選んで頂きたい。軍としてはザフトに参加して頂きたいし、私個人としてもお二人が仲間になってくれると嬉しいですが」
「俺としては、もうタリアさん達の仲間のつもりだぜ。それでも軍に入るのはどうかと迷ってるけど、他の道も思いつかないし」
「では要請を受けて頂けますか?」
「ああ、良いな、アル」
「ふん、何度も言わすな。妾は汝とあるだけだ」
「という訳ですタリアさん。また厄介になります」
「感謝します」
九郎の返答に、タリアは笑顔で答えた。
翌日、ボズゴロフ級潜水艦ニーラゴンゴと共にカーペンタリアを出航したミネルバの甲板上に、デモンベインの姿があった。
50mもの巨体では格納庫に収まらない為に、右の後部甲板に座った姿勢で乗っているが、巨大ロボットが体育座りした姿はあまり格好良くは無い。その大重量で艦が傾く為に、格納庫内のMSを左舷に集中して収め何とかバランスを取るのは、大気圏再突入中の限界状況で得たノウハウだった。
カーペンタリア近くのインド洋の孤島に、建設中の連合基地があった。
―――ふざけている。なにもかもふざけている!
ふざけた仮面を付けた、ふざけた口調の男に、ふざけた命令を出されて、前線基地司令官は腹の中で怒りを煮えくり返していた。
「当部隊のウィンダムを全機出せだと? なにをふざけた事を!」
食って掛かる基地司令にも涼しい顔で―――まあ上半分は仮面で隠れているが、ふざけた男は答えた。
「相手はボズゴロフ級とミネルバだぞ? それでも落とせるかどうか怪しいってのに。この間のオーブ沖会戦のデータ、あんた見てないのか?」
ザフト軍最新鋭艦とMSの威力は、勿論報告に聞いている。
「そういうことを言っているのではない! 我々はここに対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ。 その任務もままならないまま、貴官にモビルスーツなど……」
「その基地も何も、すべてはザフトを討つためだろう? 寝ぼけたこと言ってないでとっとと全機出せ。ここの防衛にはガイアを置いておいてやる」
有無を言わさぬ口調に基地司令は怯む。
「いや、しかし……」
「上層部からの正式な命令書もある。従って貰うぞ」
「……はい」
どんなに気に入らなくても、軍で命令は絶対だ。逆らう事は出来ない。
基地司令が諦めたのを察して、仮面の男は乗ってきたMSに向かって歩き出した。新型量産MSのウインダムだが、一般機とは紫を基調としたカラーリング以上に、ふざけた程に目を引く違いがあった。
「あのドリルは何だ?」
通常はシールドを装備している左腕に、螺旋を刻んだ巨大な円錐、つまりドリルがあった。
「良いドリルだろう?」
歩き去る途中だった仮面の男が、振り返って自慢げに語る。
―――良いドリルの基準とは何だ?
基地司令は疑問に思うが、考えても判らない。大きさを基準とするなら、機関部も含めるとウィンダムの腕と同じくらいのサイズのそのドリルは合格に見えた。
「そうですな」
無感動に答えるが、仮面の男は聴いてもいない。まったくふざけている。
「所属不明機、多数接近!」
オペレーターの叫びが響き、ミネルバのブリッジに緊張が走った。
「コンディションレッド発令! 全MS発進準備、ニーラゴンゴとの回線開け」
即座にタリアの命令が飛ぶ。
「熱紋照合、ウィンダムです。数……約30!」
「30?」
報告された機数の予想外の多さに、タリアは思わず聞き返す。
「内1機はカオスです」
「あの部隊だって言うの。一体どこから? 付近に母艦は?」
「確認できません」
「ちっ……ブリッジ遮蔽。対空戦闘用意。アビスもいる可能性が高いわ。ニーラゴンゴに警告して」
通常ブリッジの床が沈み、乗員ごと薄暗い戦闘ブリッジへと移動する。
『グラディス艦長』
艦長席の通信機に呼び出しがかかり、コンソールの通信画面にアスランの顔が映し出された。
『地球軍ですか?』
「ええ。どうやらまた待ち伏せされたようだわ。毎度毎度人気者は辛いわね。既に回避は不可能よ。本艦は戦闘に入ります。貴方はどうします?」
ミネルバ艦長のタリアにも、独立権限を持つフェイスのアスランに命令権はない。
『私も出ます』
「いいの?」
『確かに指揮下にはないかもしれませんが、今は私もこの艦の搭乗員です。私も残念ながらこの戦闘は不可避と考えます』
「なら、発進後のモビルスーツの指揮をお任せしたいわ。いい?」
『解りました』
アスランの返答の後、通信が消えた。
「大十字氏はどこ?」
「アルさんと共にデモンベインへ搭乗しました」
タリアの問いに、メイリンが答える。
「デモンベインとの通信回線を。ミスター大十字、本艦は戦闘に入りますが、出撃宜しいですか?」
『出たくは無いけど、そうも言ってられないでしょう。それに重いデモンベインを乗せたままじゃ、回避運動もろくに出来ないだろう?』
「それはそうですが、お二人は民間人ですよ?」
『生きるか死ぬかの時に軍人も民間人もないでしょうに』
「わかりました。艦のバランス維持の為に、発進のタイミングはこちらから指示します。出撃後はアスランの指揮に従って下さい」
『了解した』
そしてミネルバからシンのインパルス、アスランのセイバー、デモンベインが飛び立ち、レイとルナマリアのザクが甲板上で武器を構える。ニーラゴンゴはディンを2機発進させてから潜行し、海中でもグーンを発進させた。