ガルナハン・ゲート。その連合軍基地はそう呼ばれていた。
 山間部の高台に設置した陽電子砲”ローエングリン”は、その恐るべき威力をアークエンジェル級等の艦載型を上回るチャージ速度で連射して敵を一掃し、陽電子リフレクター装備の新型MAゲルズゲーがあらゆる攻撃を跳ね返す。最強の盾と矛を備えた、渓谷に築かれた文字通り難攻不落の城門だった。
「エリア1より接近する熱源あり。スクランブル。モビルスーツ隊は直ちに発進せよ」
 周辺各所に設置されたセンサーからの情報を受けたオペレーターが、薄暗い司令室で叫ぶ。
「識別、ザフト軍地上戦艦レセップス級1、ピートリ級1。それと……これはミネルバです!」
「ミネルバだと? ならば奴も……周辺の警戒を密に! ローエングリン起動、ゲルズゲーはローエングリンに貼り付けて前に出すな!」
 追加の報告を受けた司令官は、最近連合軍内で伝わっているザフトの新鋭艦にまつわる報告を警戒した。
荒唐無稽なオカルトじみた話だが、軍の正式な通達であるのだから無視する訳にもいかない。
戦場では事実誤認は付き物なので話半分としても、少なくとも証拠となる映像資料の付いているものは信じるしかない。
「敵戦艦、陽電子砲発射態勢!」
「MS隊を掃射するか、ローエングリンを直接狙うつもりか……ローエングリン、敵艦に照準! MS隊はローエングリンの射線軸から退避しつつ散開! ゲルズゲーはローエングリンを死守せよ」
「エリア3に発光現象!」
「なに!」
 モニターのひとつが切り替わり、基地近くの空に光が走るのを映す。物理法則に従わない光の線が巨大な円と五紡星の形を取り、魔術やまじないで使われる魔法陣を描く。完成の一瞬後にモニターを眩ます程に光量が増し、中から確固たる質量を持った鋼の巨人が現れた。白銀の装甲、碧の鬣、MSを遥かに凌駕する巨体―――
「ユニウスセブンの怪物……デモンベイン」
 目前に現れた怪異に心を奪われ、基地司令が呆然と呟くが、すぐに我を取り戻す。
「ローエングリン、出現した怪物に照準変更!」
 新たな命令に従い陽電子砲の砲門がデモンベインに向く直前、モニターの中の怪物が蜃気楼のように歪む。
「ローエングリン、照準セット!」
「撃てぇ!」
 オペレータの報告に間髪をいれず命令を下し、光の奔流が放たれる。だが着弾の直前、デモンベインの巨体がバネで弾かれたように飛翔し、全てを薙ぎ払う陽電子ビームの火線を避けた。
「何ぃ!?」
 カメラの追尾が追いつかずにデモンベインの姿が消え、再びモニターが捉えた時にはどこから出したのかその右手の中に銀色に輝く物体があった。それが拳銃と気付くと同時に、マズルフラッシュの火球が連続して発生、数条のビームとは違う銀色の軌跡がデタラメに曲がりながら走り、別のモニターに映っていたゲルズゲーの陽電子リフレクターのバリアを迂回して本体を貫いた。
「ゲルズゲー被弾!」
 オペレータに言われるまでも無く、ゲルズゲーは煙を吐きながら落下していく。
「一撃でゲルズゲーを……はっ、いかん! ローエングリン、収納しろ!」
「敵艦発砲!」
 司令官の命令が伝達されるよりも先に、ミネルバを映していたモニターが光の奔流で満たされた。
一瞬の間を置いて激震が基地全てを揺らし、全てのモニターや照明が消えて司令室が闇に包まれ、数秒後に赤い非常灯が点った。
「ローエングリン砲台付近に直撃、損害不明! 火災発生、消火班は急行せよ」
 まだ回線が復旧していないが、陽電子砲の直撃を受けて無事な訳がないだろう。
「スエズとの回線開け。我が基地は危機的状況にあり、至急救援を請う」
 間に合わないと判っている指示を下しながら、司令官は別の胃の痛くなるような事を考えていた。敵に出来るだけの損害を与えながら、いかに味方の損害を減らすか。つまりどのタイミングで降伏するかを。
 マギウススタイルで敵地奥まで侵入し、機体を召喚しての奇襲で敵MAを撃破。ミネルバのタンホイザーで敵陽電子砲を破壊する。デモンベインとその搭乗者の九郎とアルならではの戦術だった。成功してもデモンベインが敵陣深くで孤立するのは避けられないが、彼らの戦闘能力ならば持ち堪えられるであろう。デモンベインが通常通りの能力を発揮できるという前提では。
「敵機直上、急降下!」
 アルの報告を聞くまでも無く、ジェットストライカーパックを装備したダガーLの3機編隊がほぼ真上から捻り込むように急降下して襲い掛かるのがモニターに映っていた。味方に大損害を与えた者への怒りの炎をビームライフルから一斉に噴出させ、光の矢を雨のように降らせてくる。
「無駄弾は使えねぇんでな、密集してくれるのは有り難い」
 九郎の操るデモンベインは巨体に似合わぬ俊敏さで火線を避けながら、右手に握った回転式拳銃イタクァを上空に向け、一発だけ発砲した。魔力を込めた銃弾の描く白銀の軌跡が複雑に曲がり、3機のMSを貫いて爆散させた。
「右前方地上、更に2!」
 アルの示す方向に瞬時に銃を向け、ストライカーパックを背負わないダガーLの集団を同じように葬る。
「左の岩山、ドッペルホルン2!」
 岩山の影から覗く連装無反動砲の砲身へ向け発砲し、陰に隠れているダガーかウィンダムか判らない2機を破壊した。
「弾切れ!」
 九郎は叫びながらもデモンベインにイタクァを構えさせ、まだ弾が残っているように見せかけた。その隙の無さに怯んだか、7機の味方が一瞬で葬られた光景に臆したか、他の敵MSは接近するのをやめて遠距離からの砲撃を仕掛けてきた。雨あられと飛来するビームやミサイルのシャワーを、九郎に操られるデモンベインの巨体は見事なステップで避ける。
「味方は?」
「敵の防衛線を突破しつつある。もう少し耐えろ」
 反撃もせずに九郎は、味方のMS隊の到着を待つ。
 いくら撃っても撃ち返してこないデモンベインに恐れが薄れたか、遠巻きに撃つだけだった敵MSが徐々に接近してきた。
「やっぱハッタリだけじゃいつまでも持たないか」
 逃げ腰の敵など恐れる筈の無い九郎が、冷や汗を流しながら呟く。この程度の敵など問題にしない戦力を持つデモンベインだが、前回のインド洋上での戦闘、特に沈んだニーラゴンゴを引き上げた時に消耗した魔力がまだ回復しておらず、もはやほとんど魔術を使う事が出来ないのだ。
 敵MSの包囲が狭まり、狙いが正確になったビームの直撃が何発かデモンベインを揺らす。ヒヒイロカネの重装甲が受け止めるが、以前受けたジンハイマニューバ2型のビームカービンよりも数段威力のあるビームライフルである。いつまでも耐えられるものではない。
「右のダガー、射程内!」
「おし!」
 デモンベインの頭部機関砲が火を噴き、にじり寄っていたダガーLを蜂の巣にした。オーブで受けた改修で装備した魔道射撃管制機による正確無比な射撃で、近付く敵MSに次々と直撃を与えていく。機関砲そのものは艦載用イーゲルシュテルンに換装する案を、元の世界へ帰還後も使用するのを考慮して断り、また火薬に混入するイブン・カズィの粉末が手に入らな
かったので、初速等でCE世界の同クラスの砲に劣るが、それでもMSの頭部機関砲より遥かに大口径の砲は対MS火器として十分な威力があった。最大の問題点は、この世界唯一の砲だけに互換性のある弾がなく、補給がままならない事だ。
オーブでテスト用に生産した弾で一度補充は受けたが、その後はアシュザザー戦以降補給なしである。
「残弾あと僅か、無駄弾を使うな!」
「そうは言っても、こう囲まれちゃあ撃つしかないだろ!」
 言い合う間にモニターの隅に表示される残弾数がみるみる減っていき、遂にゼロとなった。
「ちっ! やばいな。イタクァの弾はあと何度いける?」
「1度や2度は召喚できるが、それをすると魔力が枯渇して機体の動作に影響が出るぞ」
「最後の手段か」
 デモンベインの弾切れに気付いたか、敵MSがどんどん近付いてくる。
「いや、間に合ったようだ」
 アルが言うと同時に、上方から降り注いだビームがMS数機を火柱に変え、間髪を入れず飛び込んできた機体の放つ突風が炎を吹き消した。
『おまたせ! 後は任せな!』
 通信機から快活な少年の声が響く。発信源はザフト軍新鋭MS、ZGMF-X56Sインパルス。赤い翼のフォース・シルエットは一部の可変機のMA形態を除けばMSトップクラスの速力をこの機体に与え、パイロットであるシン・アスカの年齢に似合わぬ技量と歳相応の果敢さが合わさり、戦場を蹂躙する白い衝撃波と化す。
 インパルスが隊列に開けた穴を、数機のディンが飛び込んできて更に広げていく。空からの強襲で完全に撹乱された連合MSに、地上からバクゥの群れが襲い掛かった。その性能を知る者がこぞって地上の王者と呼ぶ機械の獣の前では、統制の乱れたMSは無力な獲物でしかなかった。
「ふう……何とか乗り切ったか」
「他の戦闘も大勢は決したようだ」
 目の前の戦闘の優位が確立し、落ち着いて戦場を見渡せば、ガルナハン・ゲートの連合軍はもはや壊滅寸前だった。指揮系統が乱れた為に目立つ敵であるデモンベインに戦力が集中し過ぎ、手薄になった他のエリアで壊走を繰り返したのだ。
 アスランのセイバーは敵の対空陣地に苛烈な砲撃を与えていた。運動性能が目を引くセイバーだが、2基の武装ユニットには強力なアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲とスーパーフォルテスビーム砲が装備され、ビームライフルを合わせて5門のビーム兵器の火力は防護された地上陣地を容易く破壊していく。レイのザクも高機動のブレイブ装備で連合MSを撃破し、ルナマリアのザクは砲戦MSのカズゥートと共に地上施設に砲撃を加えていた。
 圧倒的な味方の姿に九郎は笑みを浮かべ、次の瞬間頭を振ってそれを掻き消した。バクゥに狩られるダガーLも、火柱を上げて爆発する砲台も、その中では血の通った兵士が焼かれているのだ。
「もう勝負あったじゃないか。早く降伏しろよ」
 九郎が口にした願望は、意外と早く実現した。頼りにしていた盾と矛を失ったガルナハン・ゲート部隊の士気は低く、大した抵抗をするつもりは始めから無かったのだ。

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