正しく時を刻むもの。
それは、紛うことなき時計だった。
綺麗に見事にアナログに、針を動かし続けるそれは、時計だ。
ところで、だ。
何故にこの時計は浮いているのか。
宙に掛かっているとでもいうのか。
掛け時計が、空中で静止している。
此処はビル群のひとつの屋上。異変は、確かにそこにあった。
「どうやら、此が妾の断章らしいな」
アル自身が言うんだ、十中八九、いや確実にそうだろう。
見た目は何の変哲もない時計。しかし、何が起きるかわからない。
それは魔導書の断章が変化した姿といえど、『ド・マリニーの時計』なのだから。
「……特に変わった動きはなさそうだな」
「ああ。だが油断するな、相手は我が断章の中でも強力な一種だ。
直接攻撃する術はなくとも、油断すれば我等とてやられる危険性はある」
言われなくとも、この類の奴はヤバいってことは十分に分かっている。
しかし。時空を操る能力となると、何をしてもヤバいんじゃないか。
俺が今使える能力は、まずマギウス・ウイングの使い方。
それと、アルの力によってアトラック=ナチャ、バルザイの偃月刀。
あと、一回も使ったことのない現在封印指定のクトゥグア。以上。
……ものの見事に接近戦用。
あれこれ悩んでいるうちにループ思考になってしまいそうなので、
思い切ってバルザイの偃月刀でかかろうと
した
瞬間
後ろに退く。
危なかった。あと数瞬遅かったら横からバッサリだ。
「九郎、右から!!」
アルの声で右に目を向ける。
すると、それは。
それは。
確かに避けられた。
先程左から襲いかかってきたものと一緒に、弧を描いて一点に還っていく。
だが。
それはどう見ても―――
「バルザイの偃月刀!?」
偃月刀を『手にした』闇は、ヒトの形を作り出す。
逆立った髪に、己とよく似た黒衣。
二振りの偃月刀を構えたそれは。
「汝は……!?」
微かに記憶にあった、名も知らぬ者の面影に似ていた。
形勢は不利。
偃月刀を手元に戻したところから一気に突っ込んできた黒い奴に押されっぱなし。
受けに徹する。
幸い、敵の攻撃は偃月刀の二刀流のみ。
マギウス・ウイングも使って落ち着いて対処すれば、受けられる。
勿論、黙って受けているばかりではない。
空いた片方のウイングを使って反撃。
当てた……だが、それだけ。距離を取られる。
正直、距離を取ってくれたのは助かる。
「アトラック=ナチャ!」
こいつは、この距離の方が使いやすい。
足を止めるくらいにはなる。切り払われると同時に当たるように、
タイミングを見計らって、右手に持っていた偃月刀を投げる。
相手は両方を避けるか、強引に切り払うか、どちらか。
こちらから見て右側に狙いをずらした分、普通は避けるだろう。
だが、それらの攻撃は囮。アトラック=ナチャは、アルがやったものだ。
それを気休め程度に、俺が叫んで掻き消した。
モーションを途中で強引に変えて左側に滑り込んだ俺は、
二段構えで奴の注意を引き寄せているうちに、思いっきり殴った。手応えあり!
この勢いで一気に攻めて行こうと、そのまま蹴りの体勢に入る。
だが、二発目ともなると流石に受けられるか。ならば次の手を……
とれなかった。
「おああっ!?」
「九郎!?」
引っ張られる感覚。奴に『投げられている』。
脚が偃月刀に凍り付いていたのか。
強引に、斜め後方に叩きつけられる。
完全な不意だった。しかも、床にまで凍り付いてやがった。抜けない。
そこに投げ込まれる偃月刀は、明らかに赤熱している。
このままではかわせない。受けることもままならない。
それに、確定状況に追撃は決まっているようなものだ。
動けない中で受けとなると、圧倒的に不利になるのはこちらだ。
迷っている暇はない……イチかバチかだ。
「何とかなってくれよ!」
後方上にアトラック=ナチャ。
引っかかったのは、ビルの貯水タンク。
一気に引っ張り、さらに腕力でも床を押す。
これで漸く抜けた、と同時に、音を立ててタンクが外れる。
あとは後ろに飛んで、階段に続くドアまで下がり。
これでうまく、偃月刀とタンクが、カチあってくれれば……
「九郎っ!?」
崩れる音がした。途中からは、何も見えなくなっている。
水蒸気だ。
回避したと同時に、これで追撃してきた奴から姿を眩ませることができる。
先に飛び出したのは九郎。一気に空中まで飛び出した。
成る程。九郎はどんどん戦いに慣れていく。
とりあえず、九郎がこちらに来る。さっさとあやつの肩に乗ることにするか。
短い間で余裕がないとはいえ、放置などされては困る。
これで妾を忘れたなどと言ったら、我が主たる器を疑うぞ。
しかし。偃月刀の赤熱は、九郎が似たようなことをアンチクロスとの戦いでやったことがあるが。
まさかその逆の現象を引き起こすとは、あの者。
「これはやはり―――我が主となった者の影響が、何かしら?」
呟く。
覚えなど、まるでないのに。
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