宇宙。
 深遠なる闇。
 無限なる虚空。
 その片隅の小さな星で生まれたとある種族は、微細なる大地から飛び立つ術を得、縄張りを宇宙へと広げたが、まだ彼らは極僅かな空間にへばり付く小動物でしかなかった。
 それでも恒星間種族への道を自力で爪先だけ踏み出した知恵は、千の言葉で称えるべきであったが……
最も愚かしい行為、同胞との殺し合いを止める知恵を得ないのは、万の言葉で罵るべきであった。
 彼らの母なる大地の呼称は雑多な言語の数だけあったが、時の単位は一応は統一されていた。
 コズミック・イラ―――最後の熱核兵器使用を元年とする戒めの世紀。
 その僅か70年後に誓いは破られ、現在は更に3年の刹那が過ぎていた。

 この年、その世界の住人ではない大十字九郎とアル・アジフは、まあ何かいろいろすったもんだの末、ザフト軍最新鋭艦ミネルバの重力区画の一室にいた。
 持っていた銃を預けボディチェックも受けたが、扉の左右には銃を構えた兵士が立ち、部屋の外にも一個小隊ほどが待機している。
「何か思いっきり警戒されてるな」
「当然であろう。デモンベインで軍艦の目の前に湧いて出て、許可を得たとはいえ中に飛び込んだのだ。牢に放り込まれないだけでかなりの寛容といえよう」
「そうだろうが……銃を向けられたままというのはどうも落ち着かねえ」
 まあ他にも、生身に見えるマギウススタイルで宇宙遊泳したり、空気のある場所に来るなり一瞬で着替えたり、どこにも居なかった女の子がいきなり出現したりと見事なまでの怪異っぷりを発揮した訳だが、その辺気遣う感覚は九郎はとっくに麻痺しているし、アルに至っては1千年を超えた人生(?)の中でもそんなもの持ち合わした事など無い。
 やがて二人の男女が入ってくると、兵士が姿勢を正して敬礼をする。
 二人とも30代前半くらいだが、兵士達の様子や本人の物腰から見て、どちらもかなりのお偉いさんのようだ。
「初めまして、大十字九郎さんとアル・アジフさんですね。私が先程通信を交わした艦長のタリアです。こちらはプラント最高評議会のギルバート・デュランダル議長です」
「よろしく、お二人とも」
「あ、どうもご丁寧に。おかげで助かりました。ほらアル、お前もお礼を言え」
「助けられたのは汝であろうが。しかし艦長、無体な要求を受け入れてくれた事に感謝する」
 どこまでも緊張感のない二人だが、それだけに警戒を解かせるには有効だ。
 微笑を浮かべたタリアは椅子を勧め、互いにテーブルを挟んで腰掛ける。
「で、我らは捕虜として扱われるのか?」
「おいアル、ちょっとストレート過ぎやしないか?」
「いえ、話が早いのは歓迎します。今回の件は我々としては漂流者の救助と認識していますので、お二人は民間の客人として扱われます。ですがお二人の身元が判明しない間は、少々のご不便をかけるかと」
「まあ恩があるんで協力は惜しみませんが、お互いちょいと難儀な問題かも知れませんね、あのメイリンとかいう娘と話した限りでは。もちろん俺達の身元については嘘も隠し事もするつもりはありませんが」
「うむ、表の世界に生きる汝たちには、特に妾の正体を信じるのは困難であろう」
「それはある程度予想はしていましたが……そちらからこうもはっきり仰られるとは思いませんでした」
 可憐な少女の姿をしたアルからあまりにも率直に「自分は人間ではない」と言われて、タリアは戸惑う。
「まあ要するにこいつは、自分が怪異と理解している怪異って事です」
 アルの頭に手を置き、九郎が混ぜ返す。
「この者たちにとっては汝も同類だ」
 彼が自分を無害な存在と主張していると気付いているので、アルの口調に刺は少ない。
「確かにお二人とあの鬼械神は、我々の常識を超えた存在のようです。ですが言葉が通じるなら、互いを理解し合う事も可能ではないですか?」
「?」
「ほう」
 それまで黙っていたデュランダルの一言に、タリアは怪訝な顔を向け、アルは口元に不敵な笑みを浮かべる。
「そりゃそうなれば願ったりですが、どっからどう説明すりゃ良いのかな……」
 一人何も気付いていない九郎は、頭を掻き毟る。あの”死闘”でたっぷり汗をかいたのだ、風呂に入りたい。
「心配ないぞ九郎。どうやら少しは話のわかる者がここにおる様だ」
「はあ?」
「我らのデモンベインの名は教えたが、鬼械神という名称をこの世界で口にした覚えがあるか?」
「あっ、そういや」
「やはりそうですか。あれは伝説の存在と思っていましたので、確証はなかったのですが」
「議長、一体どういう事でしょうか?」
 話についていけないタリアが、きつい口調で問う。
「君が嫌っていた私の趣味が、今は役に立つかもしれんということだよ」
「あの根暗なオタ……いえ、議長のオカルト知識が?」
「ああ。とはいえ所詮は趣味レベル。あまり専門的な事は判りませんが、アル様は力ある魔道書の精霊、大十字様がそのマスター、でよろしいですか?」
「正解、お見事です」
「素人でそこまで判れば上等だ」
 九郎とアルは素直に賞賛する。
 その後のオカルト談義は、タリアは蚊帳の外だった。
 最初は断片的には理解できる単語が混じっていたが、話がディープな部分に進むにつれて、付いていく事を諦めた。
 ―――男というのはいくつになっても子供ね。
 興奮するデュランダルを見ていると、ヒーローショーに連れて行った息子を思い出す。
 まあ興味のない者がオタクの会話なんぞ聞いても苦痛でしかないが、そんな中でも九郎とアルが危険な人物ではなさそうだと観察したのと、デモンベインの回収についてはいくつか案を出したのはさすが艦を預かる者というべきか。
 それでもいい加減耐えられなくなった頃、艦内通話の呼び出し音が救いの鐘の音のように鳴る。
 だが伝えられた内容は、そんな感想を覚えた事を後悔させるものだった。

「ふむ、するとこの世界にも主だった魔道書は存在するのに、妾の分身であるネクロノミコンは存在しないのか」
「はい、私の知る限りでは」
「結構有名な魔道書だからな、やっぱここにはないんじゃないか?」
「という事は……」
「議長、ちょっと」
 話が盛り上がる中、深刻な顔をしたタリアがデュランダルに何か耳打ちする。
 僅かな言葉でデュランダルも顔を蒼白にして立ち上がった。
「失礼、急な用事が出来たようだ」
「何かあったんですか?」
 二人の只ならぬ様子を見て、九郎が問う。
「そうですな、一言で言えば……」
 どこか芝居がかったデュランダルの口調は相変わらずだが、表情からは余裕が消えている。
「世界存亡の危機です」

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