CE73年10月3日。聡明にして愚かなる種族が定めた時の単位。
 この日、愚行を発明する術に長けた彼らは、また斬新な愚行をその短い歴史に刻む事となった。
 矮小なる巨大物体を動かす方法という、輝かしい知恵をもって。
 最後の核の誓いの墓標、ユニウスセブン。
 そこそこの間は安定軌道を漂う筈だった大地の贋作の残骸が、自らの手本となった星へゆっくりと進み始める。
 その贋作はオリジナルと比べれば遥かに矮小だったが、地表を蠢く小動物の大多数を死滅させるのに十分な質量と位置エネルギーを持っていた。


「機種判明、ジンハイマニューバ2型です」
「ボギー1接近、カオス、アビス、ガイアの発進を確認」
「メテオブレイカー、損耗率40%」
「MSはジュール隊の援護を!」
 ミネルバの戦闘ブリッジは蜂の巣を突付いたような騒ぎだった。
 クルーの報告と指示が飛び交い、警報と電子音が鳴り響く。
 九郎とアルはその場に不要な余所者だったが、状況を知りたいと申し出ると何故か招待されたのだ。
 恐らくはデュランダルの差し金だろうが、彼も配置外の余所者には違いない。
 クルーの様子とモニター類を見ていれば、軍事、ことに空間戦闘には全くの素人である九郎にも、現在の状況は大体が理解できた。
 世界存亡の危機―――デュランダルの言葉は、決して大げさなものではなかった。
 九郎も核抑止時代を生きた者であり、大規模爆発と二次被害の恐ろしさの知識はある。あの小さく見える宇宙島の落下がそれを遥かに拡大した惨劇をもたらすというのも、少しの説明で理解できた。
 ある一点だけが、全く理解できない。
「一体何だってんだ!」
 だからこそ、やり場のない怒りが口から出る。
 予兆のないユニウスセブンの軌道変更、破砕作業を妨害するMS―――子供でも判る。
 この危機は、人為的に引き起こされたのだ。
「何で奴らは、こんな事が出来るんだ? こんなのに何の意味がある?」
「それが彼らには、今この世界が抱える問題の解決方法に思えるからだよ」
 答えを期待していた訳ではない九郎の問いに、デュランダルが横から答える。
「ふざけるな! 何億もの人を殺して、何が解決するっていうんだ!」
「人間同士、同じ大地に立つ者同士なら、ただ怨嗟を広げるだけだろう。だが彼らと地球に住む者の一部は、そうは思っていない」
「どういう事だ?」
「我々は遺伝子操作で生み出されたコーディネーターで、宇宙に住む民なのだよ」
 その事実はそれなりに衝撃的だったが、魔道書を伴侶とする九郎を黙らせるには足りない。
「つまり人ではなく宇宙人だってのか? 俺にはあんた達も、只の人間にしか見えない」
「同感だ。私は自分達を人から進化した別の種とは思っていないし、地球なしで永遠に生きられるとも思っていない。だから今、そう思っている者と戦っている」
 そうしている間にもモニターには、コロニーを破砕する為の樽に似た巨大な機械、メテオブレイカーがまた一機、運搬していたMSと共に爆発するのが映った。
 一人の兵士の命が虚空に散り、巨大質量を砕く貴重な手数が一つ減ったのだ。
「くそっ……来い、アル!」
 九郎は傍らに居たアルの手を取って、ブリッジから飛び出た。
「待て、九郎」
「待てるか!」
「良いから待て!」
 低重力での行動に慣れていない九郎は、小柄なアルにあっさりと押さえられる。
「汝、自分が何をしようとしているか判っておるのか?」
 翡翠色の真剣な瞳が、至近距離から九郎の瞳を覗き込む。
「ああ? 言うまでもないだろう」
「事はあの石ころを砕くだけではない。この世界の行く末に干渉しようとしておるのだぞ」
「滅びの道を止めて何が悪い?」
「それがこの世界の者が決めた道というなら、侵入者である我らが手出しすべきではない」
「黙ってみてられるか!」
「感情に任せ、己の了見で他者の運命を変える。それではナイアルラトホテップと同じではないか」
 最大の敵と同じと言われて、九郎は絶句する。
「だからって……何もするなと言うのか?」
「そうは言わん。だが良く考えて行動しろ。我らはここでは異物でしかないのだからな」
「確かに貴方達は、この世界の異邦人だろう」
 いつの間にか近くに居たデュランダルが口を挟む。
「だが貴方達は今ここに存在して、短いながら我々と関わっている。すでに我々の運命の歯車のひとつになっている、もしくは我々が貴方達の運命の一部と考えられないか?」
「我らは運命を操り弄ぶ者と戦っておったのだ。我らがここにいるのが運命ならば、それこそが罠かもしれん」
「そこまで疑うなら、そう疑う事こそが罠かもしれないのでは?」
「かもな、否定は出来ん。全くきりがない」
「身動きが取れないというなら、できる事をするしかないというのが人だと思うが。そして今の私に出来る事はこれしかない」
 そういうとデュランダルは、深々と頭を下げた。
「頼む、大十字九郎、アル・アジフ。この世界を救ってくれ」
 アルとデュランダルの会話を、九郎はどこか冷めたものを感じながら聞いていた。
 運命−−−そんな漠然としたものが敵ならば、そんなもの警戒も抵抗もしようがないではないか。
「頭を上げてくれ、議長さん。俺には運命なんてよく判らないし、そんなものに従うつもりもない」
 だからデュランダルの見解は、九郎のそれとほぼ同じだ。
「だが俺が俺であるのは止められないし、自分が見て見ぬふりが出来るほど器用じゃなく、何もせず後で後悔するのに耐えられないってのは十分過ぎるほど思い知ってるんだ」
 言いながら、似たような事を語った少女を思い出す。
 言葉には責任がある。後に彼女の深く永い絶望を知った時、九郎はこの言葉の重みに気付いた。
 だからこそ、これはただ己の性分を現す言葉ではなく、彼女との誓約でもあるのだ。
「おお、では」
「ああ、俺にはこの世界の問題なんか知らないし、奴らにも何か思う所はあるんだろうが、俺達がこの場にいたのが不運って事でひとつ諦めてもらうとしよう。良いな、アル?」
「ふん、汝なら結局そう来ると思ったわ」
 思ったよりすんなりと、アルは従った。
「なら始めからごちゃごちゃ言うなよ」
「汝の覚悟を少々確かめたかっただけだ。それに思い出したのだ」
 一拍置いてアルは、不敵に笑う。
「我らが駆るのは鬼械神−−−デウス・マキナなのだとな」
 そして九郎とアルは一心同体の姿、マギウススタイルへと変身して、ミネルバの通路を駆け出し−−−
外へ出る方法を聞きに戻るのは、少々気まずかった。

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