オーブ領海近くの海底に、まだ真新しい金属の塊が多数沈んでいた。
多くのMS――― 数年前に登場して以来この世界の戦場を支配しつつある人型兵器と、様々な型の軍艦の成れの果て。
ほんの数日前まで彼らは、敵を討つ為の強大な力を与えられた科学と野蛮の結晶であったが、今となってはただ漁礁となりつつあるガラクタでしかなく、その中に取り残された軍服に身を包んだ者達も、魚達の糧となるのを最期の任務として、物言わずに遂行していた。
死が生へと還元される静謐を乱さないようにか、巨大な影が音もなく蠢く。
ザフト軍水陸両用MS、アッシュ。
正式採用が決まったばかりの新鋭機が数機、いずれ己も仲間入りするかもしれない墓地の中にいた。
海底を照明で照らしゆっくり動き回る様子は、宝探しをするダイバーのようだ。
実際そうだった。
「目標発見」
探し物を見つけたアッシュのパイロットが、通信ケーブルで繋がれた仲間達に短く報告する。
巨大な甲殻類を思わせる異形の機体が、強力な照明に照らされて深海の闇に浮かび上がっていた。
これが彼らの捜し求めた沈没船。この機体の一部が彼らの欲する宝。その正体は彼らが敵対する地球連合軍の新型モビル・アーマーである。
ザムザザーというコードネームまでは知られていないが、恐るべき性能はザフト軍のミネルバ隊がその身をもって味わい、報告は速やかに各部署へ送られていた。
巨体に似合わぬ機動性を持ち、火力と防御力はMSを圧倒する――― 筈だったが、ミネルバ所属のインパルスを追い詰めつつも撃墜されて彼はそこにいた。
機体中央のコックピット周りを熱の刃で深く裂かれているが、ほぼ原型を保っていた。
カニのような外観は海底の風景に異様なまでに相応しく、今にも獲物を求めて動き出しそうだ。4つのな目のような部品が照明を反射して、侵入者を睨みつけるように輝いている。
ごくり―――視線を正面から受けたアッシュのパイロットが、名状し難い恐怖に生唾を飲む。
『何をしている。急げ』
いつの間にか近付いていた仲間の声が、彼の恐怖を小爆発させた。
「あ……ああ、判っている」
小心を悟られないように平静を装って、作業を開始した。
おぞましい恐怖を呼び起こす目こそが、彼らの求めるものだった。
このMAが使用した、大口径陽電子砲をも防ぐバリア。その発生機関というのが戦闘記録を検討した軍上層部の推測だが、見事正解だった。
陽電子リフレクター―――現時点でこの世界最強の盾だ。戦時下の現在、その価値は計り知れない。
アッシュのクローの間に紫電が走り、MA後部の目を先端に付けた突起部を溶断していく。
この間もMAは、眠りを妨げた者へ怒りの眼差しを向けている。
「ええい、夜トイレに行けない子供じゃあるまいし」
アッシュのパイロットは怯えを振り払うように呟く。
この目を見るからいけないのだ。クローと切断箇所にだけ集中すれば―――
何の脈絡もなく、切断面から無数の触手が飛び出た。
金属管と配線が爆発的なまでに溢れ出て、物理法則を無視してのたうち、アッシュの腕に絡み付いたのだ。
「うひぃ!?」
パイロットが無様な悲鳴を上げる間に、触手は胴体にも迫る。
「ひっ非常事態! 非常事態発生だ!」
すぐ後ろに居る筈の仲間に呼びかけるが、返事はない。
「応答しろっ、聞こえないのか!? おいっ、助けてっ……」
泣き叫ぶパイロットの目の前のコンソールが破裂し、コックピットの中に触手が入ってきた。
恐怖で発狂寸前のパイロットを、触手が一瞬で覆いつくし―――
「ひっ、ひいっ! うわっ、ああぁっ……うぎゃあぁぁぁぁぁっ! ああぁっ! ああああぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴はすぐ断末魔に変わり、おぞましい事に長く延々と海底に響いた。
「……どうした、応答しろ」
作業中のアッシュの後方に居た機体が腕を接触させ、ケーブルではなく接触回線で呼びかけた。
『あ? ああ、どうした?』
「どうしたじゃない! 終わったのか?」
どこか気の抜けた応答が返ってきて、彼を苛立たせた。
『問題ない、終了した』
振り返った機体のクローには、切断された破片が挟まれていた。
「よし、連合の駆逐艦らしき艦を探知した。回収作業を中断して撤退する」
『了解』
確実に情報を持ち帰るならもっと部品を回収すべきであり、敵艦に襲撃されても最新鋭機の彼らなら排除も可能だが、彼ら本来の任務は別のものであり、何者にも発見される訳にはいかない。
切断作業の音は水中では遥か遠くまで響き渡っている筈だ。一刻の猶予もない。
アッシュ達は一斉に照明を消し、音もなくその場を立ち去った。
海底が再び闇に包まれて数刻後―――ザムザザーの欠損部から再び触手が湧き出て、失われた部分を補填するように固まっていく。
巨大な目―――もはや陽電子リフレクターではない―――が鈍く赤い光を放つのを、誰も目にする事はなかった。魚達ですら。
翌朝、同海域で魚の死骸が大量に浮かんでいるのが発見された。
原因として数日前ミネルバの使用した陽電子砲の放射線の影響が疑われ、オーブのマスコミ各社は反プラント感情を扇情的に煽ったが、後日の調査で科学的に否定された事はあまり報道されず―――見え透いた世論操作として政府とマスコミに批判が集中した。
事件の裏に潜む怪異に気付いた者は、この世界では誰もいなかった。