―――ここは、何処だ。
少なくとも艦の医療室ではない。
備品の型もずいぶんと古いものだ。
はっきり言って、窓から見える風景にも見覚えゼロ。
というか、果たしてまだあんな街が残っていたのだろうか……?
どうしたものか。全くわけのわからない状況に、
シン・アスカはもはやお手上げ状態だった。
いくらザフトの赤服といえど、右も左もわからない現状では身動きひとつ取れないのだ。
「当然ながら、武器はなし……か」
正直不安だ。
目覚めて少し後に看護師が来たが、
調子の悪いところを訊かれたくらいで、こちらが状況を訊く隙などなかった。
普通に困った。
どうしようもないので、一旦考えるのをやめた。
無心になりたい。今まで詰め過ぎてた。少し疲れた。
ふと。
ふと思い出すは、あの奇妙で奇怪な夢。
「人殺し……か」
あのときのフリーダムと同レベル。
自分は一体何人殺したのだろう。
インパルスは、自分の手で何人殺めたのだろう。
分からない。
俺は別段記憶力に優れてはいないし、「ああいうこと」はあまり覚えていたくもないし、
俺はエレガントな人でも全然ない。
「……待てよ」
インパルス。
自分がここにいるということは、その過程でインパルスから降ろされたということ。
なら、インパルスはどうなる。
あれは軍の試作機だ。
そうそう人に奪われていいものではない。データだけでも。
間違ってデータをどこか消されたりしたら、それだけでも大打撃だ。
まずい、インパルスが!?
「―――失礼します」
喉から出かけた言葉は、唐突にかけられた一言で行き場を失った。
「貴方が、シン・アスカですか」
「そうですけど……貴方は?」
歳は、自分とは特に変わりなさそうだ。
格好からして、生まれのいいお嬢様なんだろう。
自分の名前を知っているということは、
何かパイロットスーツの名前でも見たか。
つまり、このひとが助けてくれたのか、そのひとの知り合い……?
「わたくしですか? 先にわたくしが名乗る必要がありましたわね。
申し訳ありません。わたくしは、覇道瑠璃と申します」
覇道。
どこかで訊いた覚えのあるような。
……いや、まさか。
「……どうなさいました?
現状が掴めず混乱しているというなら、無理もありませんわね。 何処か別のところから飛ばされてきたようですから。報告によれば」
いや、そういうことではなく。
確かにそうでもなければこんなところに突然来たりもしないが。
多分何か俺と直接話したいようなことがあるんだろう。
そうでなければ、こんな人がわざわざ俺の前に来るものじゃない。
ただ、今俺が気になるのはむしろ。
「覇道……って、一代で財閥を立てたあの!」
「そうですわ。覇道財閥はお爺様が一代でお立てに……どうしました?」
まあ、記憶違いはまずない。
伊達に赤服を着ている訳じゃない、おそらくアカデミーで習った人物だ。
一代で巨大な財閥を立てたなどという真似はそうそうできもしない。
少なくとも、習った限りでその名字に当てはまるのは―――
覇道鋼造という偉人、ただ一人!
嫌な考えが頭をよぎった。
その覇道鋼造の孫が今俺と同じぐらいだということを考えると、
真逆! まさかまさか!
「い、今CE何年何月何日ですか!?」
「……CE? 何なのです、それは?」
CEを知らない。間違いない。確定の色が濃厚だ。
……俺は、過去に来ているのか!?
唐突で不可思議な理不尽が、俺を襲ってきた。