「ド・マリニーの時計?」
「うむ、それが今回の騒動の原因であろう」
またこいつの断章の仕業か。
本当にこいつといると事件が耐えない。
迷探偵ともなると事件の方から向かってくるとはよく言ったもんだ。
誤字にあらず。

そう、また怪事件の発生だ。
なんでも、外出した人が行方不明になったという現象が頻繁に起こっているらしい。
その行方不明者のひとりが数日後帰ってきたのだが、
主に時間軸で言っていることが噛み合わない。
自分は至って普通に帰ってきた、というような物言い。
時を超えるようなことでもしなければこんなことは起きない筈だ。
あれこれ原因を考えた結果、アルに心当たりがあったかと思えば……
どうやら奴の断章が原因という説が一番確証性が高いという話に。
それで、冒頭の台詞になるわけだが。
「全く、貴方はこのアーカムシティに来たときに
 どれほど騒動の種をこの街にバラ撒いたのでしょうね」
口を挟む姫さんの声は棘ばかり。
「仕方なかろう。逆を言えば、
 断章だけでも妾はあそこまでの力を持っているということだ。
 今まで妾の力に何回助けられたと思っておる、小娘」
その助けられるような原因を作ったのは誰だ。

「そもそも貴方がいなければ、このような事態は起こらなかったのですわよ。
 そこらの意味をはき違えないで下さいまし」
またすぐこのパターンになるのか。
口論になる前に、話を強引に進めさせる。
でなきゃ絶対矛先が向くのは俺だ。
「あ……アル。とにかく、」
『『む゛!?』』
言葉の途中で睨まれ、気押される。
その動作はどうみても息ピッタリです。本当にありがとうございました。
いいから続けさせてくれ。
「……と、とにかくだ。
 そのド・マリニーの時計ってやつの事を詳しく教えてくれ。できる限り。
 でなきゃ解決のしようがない」
「……うむ。あれは名だけは時計だが、
 実質は時空を超える能力を持つ物らしい。
 おそらく妾の断章が力を暴走させて、時の流れが歪んだ空間を
 作り上げているのだろう」
「つまりは、タイムマシンだ、ってか」
「言葉をかみくだいて話せばそうなる。
 だが、この力はアイオーンですら使用が極度に難しかったものだ。
 デモンベインで動かせるものとは思わない方がよい」
つまり、回収しても使いきれないってか。
だが、こういう事件は俺の領分だから、やるしかないか。

「だが、これは断章の抜けている今の時点で、
 辛うじて妾が記憶しているものだ。
 他の詳しいことはわからん」
まあ、そこまで聞ければ十全か。
決して気を抜かず、かといって気負わず、
いつも通り向かっていけばいいだろう。
席を立とうとした矢先。
「……待ってください!」
姫さんに呼び止められた。
「どうした、姫さん?」
「いえ、そういえばあの機体のパイロット……
 確かシンさん、でしたわね。彼もまた、過去に来たとかいう内容のことを
 言っていた筈ですわ。もしやその断片の力で時を超えて
 わたくし達の前に現れたのではないかと」

言われて思い出す。
数日前、突如俺達の前に現れた、人型の謎の機械。
そして、未来から来たという少年。
行方不明者の証言の方向性との共通点。
確かに、そう考えるとつじつまが合う。
「そうであれば、最善は我等が断章を取り戻し、力を取り戻すことだ。
 といっても、歴代のマスター・オブ・ネクロノミコンでも
 使えるのはごく少数である程の難易度を誇る呪法、まだ経験の浅い九郎に使えるとは到底思えんが」

何故だか侮辱されたような感じを受けたのは気のせいですね。
言ってることは正論だし。
それが逆にムカつくが、いいかげん胸のうちにしまっておく。
「それが一番確実なようですわね。
 では、くれぐれも被害はなくすように、慎重にお願いしますわ」無茶を言う。
しかし、姫さんをこれ以上怒らせるわけにはいかない。色々な意味で。
そうでなくとも。
「……アル、現場に行くぞ。先ずは何がどうなってるのか
 実際に確かめるんだ」
―――放っておけるわけがない、俺の性分として。


(……今回の事件、どこか引っ掛かる)
しかしアルは、この事件に何かを感じていた。
あまりに、あまりに漠然すぎて、頭のしこり程度にしか考えられないが。
(ド・マリニーの時計……)
だが、一番引っ掛かるのはこの単語。
何か。
そうだ、何か忘れている気がする。
この単語に関して。
何か……

「アル?」
はっ、と我に返る。
妾としたことが、思考が深みに入りすぎたか。
「いや、何でもない」
おそらく、何かの夢に違いない。
そうだ。今までの主は全て記憶されているというのに。
何ゆえ、見覚えのない光景が一瞬頭に浮かんだのか。

見覚えのない、光景が。

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